大判例

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高松高等裁判所 昭和31年(う)440号 判決

所論は原判決は本件公訴事実中脅迫の事実は証明十分でないとして単に窃盗の事実を認め、強盗罪の成立を否定しているが本件脅迫の事実については被告人の司法警察員及び検察官に対する供述調書においてこれを自供している外犯行現場に居合せた証人大政之信、一色英徳等はいずれも犯人は片手に兇器ようのものを持ち、「来るか」、「来るか」「これか」等と云つていたので恐怖を感じ飛びかかることができなかつた、と述べて居り、証拠物である本件玩具の拳銃等と相俟つて脅迫の証明は十分であり、強盗罪の成立は明らかである。従つて原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認があると云うのであつて弁護人はこれに対し本件は強盗罪にあらず、窃盗罪に該り原審の認定は相当であると云うのである。

よつて記録を精査し、原審の取調べた各証拠を検討し、なおこれに証人大政之信、一色英徳、石田完、渡辺良子に対する当審の各証人尋問調書、当審検証調書等を綜合すると、被告人は原判示のように昭和二九年一二月二九日頃、年末を控え多額の借財に追われ、その金策に苦慮した結果当時伊予銀行久万支店が店舗改築中で毎夕業務終了後行員数名が現金をトランクに詰めて久万町本町伊部仁三方の当時の仮営業所から右支店構内の裏にある倉庫の軒下に置いてある大金庫に運んで収納するのを目撃し、その収納の隙を狙い、トランクを強取しようと計画し、同月三〇日午後六時頃かねて用意の覆面用具、スキー帽及び玩具の拳銃を携えて前記倉庫にひそみ、暫らく待機し、同日午後六時四十分頃同銀行支店長大政之信、行員一色英徳、石田完、渡辺良子の四名が現金六百六十万三千二十円及び入金為替手形、約束手形等原判示書類在中の現金輸送用トランクを携えて右倉庫軒下に来て大金庫前にこれを置いて同金庫に収納しようとした際被告人は前記布製覆面用具で覆面し、スキー帽をかぶり、本件玩具の挙銃を恰も真正のもののように左手に持ちて突然飛出し、前記大政之信、一色英徳等に対し、「これか」「来るか」等申向けて同人等を脅迫し、その反抗を抑圧してその場にあつた前記現金等在中のトランク一個を強取したものであることを認定することができ、記録について両弁護人所論の諸点を検討してみても右認定を左右するに足る心証を得られない。

尤も原審は右脅迫の点につき起訴状記載のように被告人が玩具の拳銃を大政支店長等に差向けながら「これ持つとるぞ」と云つて脅迫したことについては多くの疑問があるのみならず大政、一色両証人の銀行における地位、立場、金銭に関する責任、本件犯行は一瞬の出来事である点等から見て右兇器に関する各証人等の供述は極めて信用性の乏しいものであるとして脅迫の事実を否定しているのであるが当審証人大政之信に対する証人尋問調書によると「当時犯人はスキー帽のようなものをかぶつて居り、犯人がトランクを提げようとした瞬間手に何か持つているのを見た、はつきり判らないがそれを見る前に「これか」とか「来るか」とかの言葉があり、これは間違いない。何か左手に持つていたようで、ピストルとは思わなかつたが長い棒のような兇器と感じた。泥棒と思つた瞬間こわいと云うシヨツクを受け、出て行つたらやられると感じ立ちすくんだ」旨の供述記載があり、又当審証人一色英徳に対する証人尋問調書には同人の供述として「当時私は支店長から鍵を貰い、金庫の扉を開けて後ろに退ると間もなく自分の左の方から黒いものがいきなり出て来てトランクの処に行き、低い細くはないどつしりした声で「これか」「来るか」と云う感じの言葉を聞いた。犯人は何か持つて居り、自分の感じでは二十糎位の短刀と感じた、自分は恐ろしくて声が出す飛びつくこともできなかつた、なお犯人が持つていた兇器は私が上から見下すような形で私の方向に向いていた」旨の記載があり、なお当審検証調書によつても窺われるように当時は闇夜で附近の支店長社宅の灯火の明りがわずかに及ぶ程度の暗がりであるためと短時間のことであるため前記のように行員等は被告人所携の玩具拳銃を拳銃とは認めず短刀もしくは棒様のものと認めたのであるが何れもこれを兇器と見て畏怖し、被告人に対し反抗できなかつたことが認められ、これを被告人の司法警察員及び検察官に対する各供述調書中の供述と較べてみても右両証人の証言を特に信用できないものとする論拠に乏しく、原審の見解は首肯できない。

尤も弁護人は被告人の司法警察員及び検察官に対する供述調書中のこの点の不利益な供述は係官の強制によるものであつて信用できないと主張し、原審も亦この見解を一応容れたものと認められるが原審証人佐伯佐代喜の証言その他の証拠から所論係官の自白強要の事実は肯認し難く、弁護人の右主張は採用できない。

従つて叙上当審の認定と反対の見解に出て、検察官所論の脅迫の事実を否定して被告人に対し単に窃盗罪を認定した原審の認定は明らかに判決に影響を及ぼす事実の誤認があるものと認められるので原判決は破棄を免れない。検察官の論旨は理由がある。

(裁判長判事 谷弓雄 判事 合田得太郎 判事 松永恒雄)

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